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2010年1月の記事

2010年1月31日 (日)

Ohangwenaで生徒とバレーボール ②

朝からバレーボールの練習に参加。

昨日は夕方から参加したから地面は熱くなかったけど、
時間が経つにつれてどんどん熱くなってくる。
日差しも強くなり水を飲まなきゃやってられんと、水がほしい~と言うと
ちっちゃい子が水を汲んできてくれる。

しまいに地面の熱さに我慢がならなくなってサンダルをはく。
生徒らはそれでもはだしで続ける。恐るべしアフリカン!
さすがに生徒も我慢ならなくなったみたいで終了。
来週末の大会に向けていい練習になった。
昨日に引き続き同じチームの左(ちょっと大)、左から2人目(ガキ大)
自分の隣(ちっちゃい子)
R0010697

バレーを一緒にしたみんなでR0010702

昼ご飯をOhangwenaの町の入り口辺りで店を探して食べようと。
Mini Marketでチップス、チキン、ジャガイモとビーフの煮物を買って入り口の席で食べる。
そこでマミちゃんがピアニカを出してオシワンボの聖歌を演奏する。
自分はウクレレを出してそれに合わせる。
最初は、なんやアンタら?みたいな顔をするけど
しばらくするとオバちゃん、ニイちゃんが興味を持って一緒に唄ってくれる。
R0010711 楽しい! 何曲かオオシワンボの聖歌を覚えていきたい。

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2010年1月30日 (土)

Ohangwenaで生徒とバレーボール ①

マミちゃんから「ビール飲もうよ」って連絡があり
Ohangwenaへ遊びに行く。

マミちゃん家は学校の敷地内にある。
ちょうど外で生徒がバレーボールをしていた。
実は、来週首都でバレーボール大会があって、日本人チームで参加することになっていた。
女性を2人以上チームに入れなければならなかったが、人数はギリギリ6人集まった。
その試合の前に少しでも練習しておきたいと。
バレーボールにまぜてもらう。

ナミビアの一般の人はだいたいが外でバレーボールをする。
ここは砂地の上で、ビーチバレーやな。

自分はバレーボール経験者や、と言ったらセッターをやってくれと。
初めはボールを返し合うだけのバレーボールやったけど、
一緒にやると、意外にそれぞれレシーブやトスができている。
レシーブしてセッターに送って、セッターがトスをして、アタッカーにつなげるという流れをゲームをしながら覚えさせる。
なんとなくその流れは身に付いたみたくて、ちょっとゲームらしくなった。

自分のチームはガキ大将的なのとちょっと大人しそうなので3人チーム。
(ガキ大)はアタッカー、アタック以外にもトス、レシーブなんでも器用にこなす。
(ちょっと大)はレシーブ専門。サーブレシーブはしっかりセッターのとこに来る。
ローテーションはナシ。相手チームは4人やったり5人やったり。

この学校の寮長が審判をしていて一応バレーボールのルールでゲームをする。
時間が経つごとに(ガキ大)も(ちょっと大)もうまくなってきた。
たまに自分のとこにトスがあがってきてバシッと打ったりしてみた。
なかなか自分にとってもいい練習になっとる。

辺りは真っ暗になってきてボールが見えなくなるが続ける。
みんなにはボールが見えとるみたい。恐るべきアフリカンの視力!

夜に学校でダンスコンテストがあるらしく、
「シャワーを浴びて服を着替えなあかんから行くわ」
「明日朝から練習すっから、待っとるよ」と寮へ帰って行った。

夕飯はマミちゃんがチキンの和風スープうどんを作ってくれた。美味いやんけ。
それからダンスコンテストを見に行くが、始まる様子もなく、
学校の外のシャビーン(ナミビアの飲み屋)へ行きビールを飲む。
OhangwenaのTown Councilに勤めているマミちゃんの同僚の旦那が飲みに来ていて
「人口が増えてきて都市計画を進めていきたいけど、人材がいなくて困っておる」と。
たとえ大学を出ても首都や、南アフリカに有能な人材が流れてしまって
人材の確保が難しい。首都以外の都市がなかなか成長していかない原因のひとつかな。
地方の役場の現状を聞く。

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2010年1月23日 (土)

Usakos サッカーキャラバン

昼にUsakosのコンビステーションに着く。
車で迎えに来るというので待っておると、
デッカイトラックの荷台にみんな乗せられてやってきた。
Dsc_0289 ビックリ! 
地元の人たちも中国人?日本人?が
トラックにいっぱい乗っておるのを見てビックリしたやろうな。
日本の旗をトラックの横に掲げとるから中国人とは思わんかな?
荷台に乗るのはちょっと恥ずかしかったけど、乗ってしまえば関係なし。
ナミビアの青空の下、荷台を楽しむ。

で、今日の目的、地元のチームと日本人チームとサッカーの試合。
Usakosの小、中学校で先生として教えている仲間もいるんで、
生徒たちが応援に来てくれた。生徒以外にもいっぱい集まってくる。
ここは子供が多い!

今日もキーパー。
試合前に子供たちにシュートしてもらい、キーパーの練習をする。

試合開始。
相手チームは上手くボールを繋いでくる。
何回かシュートは抑えたけど、結局3点も取られてしまった。
自分たちのチームは得点できず、負けてしまった。
悔し~。 でも、十分楽しめた。
Dsc_0392 試合後、集まってきた子供と仲良くなる。すごく人懐っこい。
いっぱい引き連れて、手まで繋いでグランドを後にする。Imgp9082

すぐそばにバレーボールコートがあって、
地元の大人たちがバレーの試合をしようと言ってきたから、日本人チームとバレー対決。
中、高、大とバレーボールをしとったけど、
全然体が動かない、ヘッタクソ。悲しい・・・Dscf9147
写真で見ると、アタックを打つ時に完全に被っている・・・
こんなんじゃ上手く打てるわけがない。みんな「あらら~」って見守っておるな、こりゃ。 
なかなかいい勝負やったけど負ける。
その後警察チームと試合するが、また負ける・・・悔しい・・・

その後トラックの荷台に乗ってカジさん宅へ行く。
午前中にみんなで絞めたというヤギ肉のブライ(BBQ)。
ちっちゃい子供が入れそうなブッシュマンポット(ナミビアンダッチオーブン)で
ヤギ肉のハヤシライス。ゴハンもブッシュマンポットで炊く。
Dsc_0403 ブッシュマンポットは3本足がついておって、なかなか使いやすい。
日本に持ち帰りたい。
ゴハン、ハヤシライスも美味くできる。
みんながさばいてくれたヤギも美味い。
お腹いっぱいになって悔しい思いも完全に忘れてしまう。

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2010年1月22日 (金)

ナミビアン ボーイスカウト

土曜日にUsakosでサッカーキャラバンが昼からあるので
それに間に合わせるため今日はTsumebまで行ってタッさんとこに泊まらせてもらう。

19:30 Tsumeb到着。
タッさんは仕事の後にボーイスカウトの集会に参加しているというので
ナミビアにもボーイスカウトあるんや~って、興味津々で見に行く。
自分は小学校の時カブスカウトに入っておって、
めんどくさいな~とか思いながらテキトーにやっとった。
キャンプとかは楽しかった思い出が。
テキトーにやっとったから中学生になる時はボーイスカウトにはならず。
タッさんはボーイスカウトもやっておって
Tsumebの団に交って活動に参加している。

活動をしているとこへ行くと、
R0010516_2懐かしい~!ボーイスカウトの制服。
カブスカウトの熊の帽子をかぶったのもおる。
ちょうど、2人ペアになって相手を担いで運ぶ競争をしとった。
人命救助を模したゲームかな?
自分はどんなことやったっけ?すっかり忘れてしもた。

それが終わると集会所でキャンプの話。
R0010501

みんな真剣な顔で聞く。しっかり意見も言う。
リーダーがアメリカ?カナダ?の人でしっかりまとめられとった印象。
それにしても、みんな行儀がよく、挨拶もしっかりできていて
見ていて気持ちがいい。
自分がカブスカウトでそういう環境に少しでもおったんやな~と思うと
まあ、それが今に生きておるかわからんけど、なんだかうれしくなった。
R0010521_2 

R0010525後ろに変なのもおるけど、ご愛嬌。

最後に国旗、団旗を降ろして解散した。

その後、ヨーイチさんがゴハンを作ってくれているというのでお邪魔する。
フーミンもいた。
ハヤシライス! こりゃうまい。2杯食べた。

タッさん家に行き~お互いのカメラをチェックし
「それいいね~」ってお互いに褒め合う。
この状況、傍から見たら気持ち悪いやろうな。

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2010年1月21日 (木)

断水週間

今週はよく断水する。

水を供給するのはNam Waterという会社。
そこから役場が水を買って個人に水を供給する。
Nam Waterのポンプやパイプが壊れても役場の管轄外やから
連絡が自分たちのとこまで入って来ない。

断水の案内がオシワンボラジオで流れるらしいけど
ラジオがないからわからない。
オシワンボラジオ自体も現地語オシワンボで話すから聞き取れないやろうけど。
飲んだ後の牛乳の容器にも水を貯めておこう。
これ全部で41リットルくらい。

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2010年1月17日 (日)

EpupaからOndangwaへ

朝日をそばの山の上で滝といっしょに見たかったけど曇り空で見れず。
ガジャさんが手際よく朝食を用意してくれる。
シレッとした顔してサラッと作る。それを見守って~頂く。

出発前にキャンプサイトにいた女の子と遊ぶ。
かなり遊ぶ。R0010339
他のみんなにも慣れて~帰り際、
「アタシも一緒に行きたい~」と号泣して車から離れない。
お母さんに無理やりあっちの方へ連れてかれる。
その間に出発。悪いことしたな~。

ファレスとOpuwoで別れる。
コンビが一台も見当たらなかった。
ちょうどOshakatiへ行く車を見つけ乗せてもらう。

Oshakatiでガジャさん、チヒロさん、カガヤさんと別れる。

今日、新しい仲間ダグラス(日本人)とサワダさんが首都から任地調査の為Oshakatiに来ていた。
夕方、イシバシさん、マー君、モリモリとでこじんまりと歓迎会を開く。
2人とも生活するにつけていろいろ不安そう。
自分が歓迎会をしてもらった時のことを思い出す。
あの時はわからんことだらけやって不安やったな~と。

会が終わって家に帰る。
水が止まっとる・・・
食事を済ましてきてちょうどよかった。
スッキリとシャワーしたかったけど~しょうがない。

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2010年1月16日 (土)

ヒンバ~Epupa Falls

朝、ホテルのプールにてOpuwo人文字。R0010112
今日はOpuwoからグラベルロードを186km走って
アンゴラ国境そばにあるEpupa fallsへ行く。

ドライバーのファレスは学校の先生をやっていて、今は青少年の?婦人?らの活動の施設の館長をして、Opuwoでゲストハウスを経営して~ここいらじゃ知らない人がいないくらいの?オジサン。
50歳を過ぎてしまっておるんに、
「ガールフレンドが4人おるんや。ガハハハハ~」とか言って
なんとも元気なオジサン。

ファレスに自分の名前を「たけやん」と伝えると、
こっちでは「たけやん(タケヤム)」は子供のライオンのことやと。
で、チヒロさんの名前を伝えると、「チヒロ」は牛の水飲み場のことやと。
しばらくすると、コンクリート製の「チヒロ」発見。
ガジャさんがウルルン滞在記のナレーター口調で
「チヒロがチヒロに出会った~」って言う。
チヒロの周りは牛のウンコだらけ。
大人気なく「チヒロの周りはウンコウンコ~」とはしゃいでいたら牛のウンコを踏んでしまった。

それからヒンバ族の墓に立ち寄った。
墓標の後ろに牛の頭の骨が飾ってある。R0010123
モリモリの中に何かが入ったのか、ただの素なのかわからんけど、
いきなり服を脱いで祈り始めた。R0010121
その後バオバブの木が生えておるとこで休んでR0010153
ヒンバ族の村に寄る。
村長?酋長?に挨拶をしてドライバーのファレスが交渉する。
N$100を手渡して、村を好きに見てもいいとお許しをもらった。
村には泥で固めたドーム型の家がポツリポツリと建っている。R0010191
その家からヒンバの女性と子供が出てきて写真を撮らせてもらう。いろいろ飾りを付けていてカッコイイ。
P1010286
家の中も入っていいと言われお邪魔する。
木の骨組みに泥を塗って固めたのが家の中からやとよくわかった。
毛皮みたいのが掛けてあったりしたけど、それ以外の服らしい物はなかったな。
生活の道具は鍋とかくらいやった。そんなんでも十分生活できてけるんやろな。
写真を撮っていたら子供が興味をもって後をついて来た。そしたら、子供が5人ほど家から出てきて周りで遊びはじめた。首飾りとかしてカワイイ。R0010218
ヒンバの人は自分たちみたいな洋服を着て写真を撮りに来るひとを見てどう思うんかな?
もし自分がヒンバやったら、洋服とか見たらすぐに裸の生活を止めたくなりそうやけど・・・昔ながらの生活をそのまま続けているとこがすごい。R0010193

ヒンバの村を後にしてEpupa のキャンプサイトに到着。
シャワーとかトイレがきれいに整備されている。
その横にデッカイ川があって滝に流れ込んでいる。
ナミビアでしっかりした川を見るのは初めて!しかも滝がある!
みんなで持ってきたテントを張ってから、高台に登ってEpupa Fallsの全景を見る。乾いたイメージのナミビアとはまた違った印象。
パワースポットみたいやからパワー(何パワー?)を吸収する。R0010300
で、滝の近くに行く。水しぶきと水の落ちる音がすごい。
滝を覗いて滝に落っこちて死んだ人が何人もいるらしい。そんな話を聞くと滝の下をのぞくのも怖い。せっかくもらったパワー?を身体丸ごと滝に持ってかれないように気を付ける。
Epupa Fallsにて人文字。R0010287
ヒンバのお土産を売っていたんで見に行く。
顔の表情が円空仏似の木彫りのヒンバ人形があったんでN$50で買う。
滝を満喫して夕飯の準備。コーンスープとオムレツ。
みんなの手際がよくて感心しながら出来上がるのを待つ。
美味いね~!

食後モリモリが持ってきたモノポリーをする。
周りに電気はなく、ろうそくの灯だけでやっていたら虫がめちゃくちゃ集まってくる。
2、3回戦くらいやりたかったけど、1回でやめる。
テントに入ってから、夜中2時くらいまでガジャさんに神戸のお勧めドコを聞く。
神戸行ったら純喫茶案内してもらお。
寝る。

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2010年1月15日 (金)

Opuwoへ

朝8時出発。タクシーとコンビを乗り継いで
ダートロードも走り、昼の1時にOpuwoに到着。
宿泊先のカントリーホテルへ。
小高い丘の上に立っていて見晴らしが良い。
しかもプール付き! 景色を見ながらプールサイドでのんびりできる。R0010053

さっそくプールに入る。モリモリ、カガヤさんも。
まったくのんびりせず 、いい景色を横目に、泳いで飛び込みまくり。R0010076

2時間くらいプールではしゃいでからOpuwoの町へ。
いろいろなのがいる。ほえ~。

ヒンバ 体に粘度と油を混ぜた粉を体に塗って、裸で暮らす。
ゼンバ 裸で暮らすが、ヒンバと違い体には何も塗らないみたい。
ヘレロ 頭に牛の角をかたどった帽子をかぶり、ボリュームのあるドレスを来てノソノソ歩く。
普通の服を着た人。

町やスーパーにいろんな格好の人達が普通に共存しとる。
裸の人がスーパーで買物。
おもろい町や。

観光客もよく来るみたいで、スーパーの前にアクセサリーとか売っている。
買う気もないけど、シラっと見ていたらモノ売りに囲まれる。
ゴメンナサイネ、買いませんよ。
あと、そこら辺にいるヒンバ、ゼンバの写真を撮る時はN$10せがまれる。
コソッと撮ろうとすると「コラー金出せっ」て怒られる。
まあ、知らない人にパシャパシャ写真を勝手に撮られるのは気持ちいいことじゃないやろうな。見世物じゃないしね。
ヒンバの女性2人と。頭の飾りが立っているのが既婚者らしい。R0010082

ゼンバの女性。写真撮ってくれ!と囲まれる。撮るたびにN$10やからねぇ、ほどほどに。R0010084

ヒンバ・ゼンバのほとんどの女性の胸が、亡くなった自分のばあちゃんみたいにダラ~ンと垂れている。
誰やったか、ブラジャーをしてないから垂れるんや(垂れるのよ)と言った。
ほ~なるほど。ウチのばあちゃんもしてなかったな。
重力に負けない力を引き出すブラジャーってすごいなあと。

たまにツンと張った胸を見ると、男性陣、女性陣共に「素晴らしい!」と。
おおっぴろげやから、全くいやらしさがない。
ブラジャーをしたのがひとりおったけど、これはちょっとやらしかった。

楽しい町やったけど、酔っ払いが多くてよく絡まれたな。金曜の夕方やったから?
酔っ払いのおっさん、写真を撮ってくれってしつこく言うからしゃあなしで撮ってあげる。
カメラを構えるといきなり大人しくなる。中途半端にベレー帽をかぶる。なんやそれ。R0010086

ホテルに戻り、夕飯まで時間があったからバーカウンターで飲み物を飲む。
カウンターにオードブルが置いてあり、それが自由に食べてもいいと聞いたので
ついつい食べてしまってお腹がふくれる。

夕飯はビュッフェ形式。
肉がうまい!他のモノもうまい!
こういうのは食べなきゃ損って思ってしまうんやよね。お腹いっぱいの更にいっぱい。

部屋に戻り、大富豪大会。
車の荷台にひとり乗る、荷物持ち、テラスから叫ぶなど罰ゲームを決めて盛り上がる。
自分は荷物持ち決定。
その後、視線を探るトランプゲームをする。
夜中の2時まで盛りあがる。

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2010年1月14日 (木)

船便小包到着

日本から小包が届いた。船便で4ヶ月。
中には修理に出していた待望のカメラが!
やった!
その他いろいろの中に金沢21世紀美術館でやっていた横尾忠則展の図録が入っていた。

ナミビアには、期待していたアフリカらしい絵とか工芸品があまりなく
ちょっとさみしい。
そういう中で自分の好きやった絵とかが見れたことがすごくうれしかった。
イイチョイスですよ。
ありがとね。

その夜、ガジャさん・チヒロさん・カガヤさん・モリモリが、
明日からOpuwoとEpupa Fallsへ行くから家に泊まらせてほしいというので集まってくる。
お客さんが来てくれるのはうれしいことだ!
ゴハンを用意してもてなす。
喜んでくれてよかった。

夜、Opuwoの話をしながら~誘われ~行きたくなり~
じゃ・・・一緒に行きますか!と、参加決定。

Opuwoは裸族のヒンバ族が暮らす町。
去年の夏に会ったバックパッカーのタビカメ君もそこへ行ってきた。
いろいろなのがおって面白い町やったと、お勧めのトコ。

は~、楽しみ。
GRDⅡもちょうど届いたし、みんなで。

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2010年1月12日 (火)

正義の鉄拳

先週週末からコンビステーションは人であふれている。
正月に地元で過ごして帰る人や、学校が始まるから戻ってくる子供とか。

ここ連日、近くのスーパーや店も大混雑。
レジにぞっとするくらいズラ~~~っと人が並ぶ。

衣料雑貨の店PEPで買物をした。
入り口近くのレジから店の端まで客がレジ待ち。
30分くらいかかりそうやなと並んでいると、
「タケスィ、元気か?ジュース買ってくれ、お金くれ」って、
顔を合わすといつも言ってくる(仲良くなったから軽くあしらえる)
エグング(毛虫の意)という呼び名のオバちゃんが
「タケスィ、こっち来い」って列の先頭に割り込ませてくれた。

ほ~、エグングと仲良くしとってよかった~。
「タンギ~、ウネネ(Thank you very much)」

店の出口では、警備員か店員さんがレシートと買った商品の
チェックをテキトーにされるのがここでは一般的。
チェックを受けていると、隣でチェックを受けていた女性が万引きをしたみたいで
バックの中からいろいろ出てくる。
他にも隠してないかと胸とかも手を突っ込んで探されとる。

そこへエグングがドッドッドとやってきて
その女性にアントニオ猪木ばりのビンタが「ゴン!!!」と容赦なく。
髪の毛を引っ張られて奥へ連れてかれた。
すごい迫力やった。

痛みを知って罪の重さを知る。
暴力賛成とかじゃないけど、

まあ、悪いことしちゃいかんね。

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2010年1月 9日 (土)

Tsumebで新年会

Windhoekへ向かう途中にある、Ondangwaからコンビで3時間くらいのところTsumebのタッさんの家で新年会。
13人集まった。ほとんど北部に住む人やけど、南部からはぺぺが遥々来た。

TsumebはOndangwaよりも都会。
ここにはカフェなんかもあるらしい。あこがれのカフェ~。
今回は行けんかった。いつか行ってみたい。

タッさん家へ行くと、フーミン・マー君・モリモリが外で餅をついていた。
「モチ!」
始めはコンクリの台の上にビニールを敷いて酒の瓶でついておった。Img_0885
もち米の芯が少し残っておったからちょっとレンジにかける。
その後選手交代して、タッさん・モリモリ・ミズキが交互につく役。
ボウルの中に餅を入れてつく。ボウルが壊れるかなと思ったけど案外大丈夫やった。
つきやすくなったけど根気がいるな~。
ビヨ~ンと伸びて餅っぽくなってきた!Img_0899Img_0917 

他の人がヨウイチさん家で作ったゴハンを運んでくる。
テーブルの上にゴハンが並ぶ。

大根とニンジンのなます、芋きんとん、だし巻き卵、煮豆、筑前煮?、煮卵
きゅうりの浅漬け、ブロッコリー、サラミ、それと雑煮

ちょっとずつ皿に取り分けると「オセチ!」Img_0928
日本や~。
それから炊きあがったもち米を順番につく。

Tsumebではカラオケができると聞いていた。
といっても、ネットをつないで歌詞を表示して、スピーカーから普通に曲を流してマイクで唄うというもの。
そんなんでもナミビアで初カラオケ!
モンパチとか最近の曲でイマイチ乗り切れない曲もあったけど
年甲斐もなく盛り上がってしまった。

それから年はもう越してしまったけど、そばを食べる。
日本のものはなんでもうまい!なんでもござれ!もうないけど。

酒もついつい飲んで、いつもの調子で寝てしまう。

目が覚めると、顔に落書きされとる。マミちゃんとぺぺやな。
そんな2人もお互いの顔に落書きしたみたいで、ひどい顔になっとる。

目が覚めてちょっと元気になったから、
フーミンの頭に顔を書く。頭の油でマジックがつきにくかった。わかりにくいか・・・

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2010年1月 5日 (火)

Ondangwaへ帰ります~コンビで帰ります~

Ondangwa行きのコンビ乗り場、モンテクリストに着くが
あいかわらず客の呼び込みが激しい。なんとかコンビに乗る。

帰りはマミちゃんと一緒になる。
学校が休みの間4週間近く酒を飲み続けたらしく
「肝臓がおかしくなったからしばらくいらんわ~」って言っていたマミちゃん、
途中でビールを買ってうまそうに飲む。

途中、前が見えなくなるほどの雨が降る。それでも走る。ホントに怖かった。

雨季が始まったからか緑が多くなったな。

Ondangwaに着くと、前まであったオープンマーケットが無くなっていて
新しく整備された別のとこに移動していた。
ちょっと寄ってくる。
そこにいたメメに話を聞くと、
「きれいにはなったけど、以前あった場所の方がコンビステーションも近くて人がたくさん来やすかった。客が少なくなるな~」
と心配そうやった。

年をまたいで戻ってきたOndangwa、ちょっとだけ変わったな。

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2010年1月 4日 (月)

ナミビアへ帰ります~飛んでいきます~

ぺぺ、ゴーくん、たまにシバちゃんが交じり、結局ずーっと起きて話をしとった。

3:20  20分遅れでタクシーがやってくる。
警察学校村では、訓練生が朝のランニングをしていた。
2000人くらいおるんやったかな?暗闇からぞろぞろと現れる。
空港まで1時間くらい。4:00までには空港に着いておきたいからと運転手に伝える。
警察学校村を出ると運ちゃんはかっとばすが、ランニングをしている訓練生が道路にもいっぱいいて、暗闇の中から次々現れる。怖い!頼むから車でひかないで~って。
訓練生をひくかもしれない恐怖から逃れたものの、
今度は暗闇から動物が飛び出してきそうで・・・こわ~。
慌てさすんじゃなかった。 無事にKilimanjaro空港に到着。

空港で紛失していた荷物を引き取り、チェックインをする。
準備した荷物は今回の旅で全く必要なかったいうことかな。

Kilimanjaroを発つとキリマンジャロが見えた。Img_0845
目線の高さが頂上と同じくらい。
ちょうど太陽がその奥から登るとこ。

ケニアのNirobi、南アのJohannesburgで乗り換え。

ヨハネスブルグ空港で人生初のお金を払ってのマッサージをやってもらった。
いいもんだね~。店員のおネエちゃんに南アの黒人が使う現地語ズールー語を教えてもらう。I Love You.などなど。

Windhoek着。荷物が無事に手元に届きホッとする。
増えた荷物が重い、重すぎる・・・こんなに必要なかった。

夕食はポルトガル料理屋でお疲れさん会。
腹いっぱい。

タンザニアはちょっとジメジメしとったけど、食べ物がおいしかったし
山や緑も多くていい国やった。
ザンジバルなんかも行ってみたい。またキリマンジャロ登山してもいいかな。

ちょっと覚えたスワヒリ語はオシワンボと似た言葉がいくつかあってビックリやったな。

Img_0526

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2010年1月 3日 (日)

タンザニア最終日

Moshiに住んでいるカネトウさんが今晩泊めてくれると言うので
カネトウさん家に移動。

警察学校で空手を教えていて、その敷地内に住んでいる。
警察学校のゲートを越えると、
どこが端かわからん、だだっ広~い敷地に職員の家がポツリポツリと建っている。
畑はあるし、鶏とかもおる、そこのイメージはひとつの村!

カネトウさんの家には畳の部屋があって、日本の友達の家にあがりこんだ感じ。
久しぶりの畳。気持ちいい~。Img_0802

じっくりくつろいで、みんなで町へ。
「ダラダラ」という相乗りバスに乗る。250シリング。US$1→約1200シリング
このダラダラ、16人乗りくらいの1BOX車にいったい何人詰め込むんやろいうくらいにぎゅうぎゅう詰めで走る。
満員電車や。人が溢れて横のスライドドアが閉まらずに開けたまま走ったり。

レストランに入る。
店の前でザンジバルピザ(具を生地で包んで焼く)を焼いていた。P1010870
Img_0810 ザンジバルピザと
Img_0809 ピラフ・マハラゲ(煮豆)のセットを注文。
ナミビアにはない味でスパイスが効いていてどれもうまい。
腹いっぱいでひとり3000シリング。

それからまたお土産さがし。
タンザニアの布やら、キリマンジャロコーヒーを買う。

夕食はヤギの肉が食べれる店へ。オサムさん、ゴーくん合流。
そこの店からキリマンジャロとマウェンジがちょうど見えた。P1010881
料理がでてくるまでの間近くをウロウロしてくる。
その辺の子供たちがちょっかいを掛けて来たから一緒にしばらく遊ぶ。Img_0828
Img_0831そのそばの家の前で、オジサンが 魚と畑で採れた緑の野菜と一緒にポリッジを食べていたのでちょっと分けてもらう。畑があるっていいなぁと。

レストランに戻りヤギ肉のブライ(焼肉)を食べる。Img_0833
これはナミビアとあんまり変わらんな。

レストランに流れる音楽は、ナミビアでいつも流れているヒップホップとかズンドコクラブ系と違って、落ち着いたジャズっぽいのも流れていたりいろんなタイプの音楽が流れてきてすごくよかった。
帰る時に気づいたけど、店の隣でライブをやっていた。聞きにいけばよかった。

22:00 カネトウさん家に戻る。

次の日は朝の6:00発の飛行機。カネトウさん家を3:00頃に出なければいけない。
眠らずに畳の部屋でずーっと話をする。
恋愛の話になってしもたな。恋愛には鈍感なはずの自分が師匠って呼ばれたり。
師匠か~っていい気になるも、鈍感じゃアカンやろと自分を責める。
で、ずっとしゃべる。

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2010年1月 2日 (土)

キリマンジャロ 6日目

6:00に起きる。
今日も朝日が雲海の中から昇ってきた。Img_0479
朝焼けのキリマンジャロと月。Img_0496
朝食(パン、キューリ、卵、みかん)
昨日は疲れ過ぎていてあんまり食べれなかったけど、腹いっぱい全部食べる。
みんなも元気そう。
外に昨日フーミンが乗せられて下りてきたストレッチャーがあった。Img_0498

出発前に自分たちのガイド・ポーターさんが全員集まって
お疲れさんの歌を唄ってくれるという。
出発準備を済ませてみんなの待っているとこへ行くと
ズラ~~~~~~~~~~~~~っとポーターさんが並んいる。
総勢19人!!!P1010837 
自分のグループではガイドのフレディ、キバチャ、ティノがいつも一緒に行動していて、それ以外で自分たちのグループの仲間だと認識していたのはせいぜい4、5人くらい。
こんなにもおったんか!?
気付かないとこで荷物や食料をこれだけの人数で運んでおったんやなとビックリ。

フレディがひとりひとり紹介してくれる。
紹介後、フレディの掛け声からキリマンジャロの山の歌が始まる。Img_2877_2
30日の朝に見た他のグループのはお互い向かい合って、登山客グループは歌を聞くという感じやったけど、フレディの盛り上げようがすごくて、それに合わせてみんな唄って踊って、自分たちも入り交じってぐちゃぐちゃになる。
Img_288210分くらい歌とぐちゃぐちゃな踊りが続いた。
むちゃくちゃ楽しかったけど跳ね過ぎて息が苦しかった。
さのちゃんももう元気!Img_2872
頂上のアタックガイドのフェストと。Img_2874

今日は雨が降る前に登山口のMarangu Gateまで下ってしまう。
「ポレポレ(ゆっくりゆっくり)行きましょ~」ってみんなに言ったら、
時間がもうないからさっさと行くぞ「Fast! Fast!」とフレディにせかされる。
7:50 Horombo Hats出発。

高山病対策で息を整える必要はもうないから
気楽にまわりの景色を楽しみ、植物を見ながら下る。

10:30 Mandara Hat着。ちょっと休む。
ここからは完全に森の中。昼過ぎから雨になる。

12:50 Marangu Gateに到着。Img_0680
ゲートの受付で下山のサインをして、みんなで無事に下りて来てよかったねと言い合う。

ポーターさんたちと別れを惜しむ暇もなく車でMoshiのレンタル屋へ。
到着して借りた物を全部返却する。身軽になる。
そこで登頂証明書をもらう。
レンタル屋までポーターさんが何人か来てくれて一緒に写真を撮る。
P1010848 この人たちのおかげで最後まで快適に登れたんよな~、
本当に感謝!!!
キリマンジャロでの濃い時間を一緒に過ごした、さのちゃん&シバちゃんと。P1010857

ホテルに戻ってシャワーをする。 スッキリ・・・
登山中はきっぱなしのパンツを洗う。

次の日が日曜日で店がほとんど閉まるかもしれないからと
ノーパンで町へお土産を見に行く。
さっきのレンタル屋の隣にタンザニアの生地をを使った服が売っていたから
そこでお土産を見る。
タンザニアはナミビアにはない面白い柄の布がいっぱいある。
ついつい時間を忘れてみんなで(自分はノーパンで)試着したりして買物を楽しむ。

インド系の料理屋で夕食。
Moshiに住んでいるオサムさん、カネトウさん、この町に遊びに来ていたオザワさん、モエちゃん、タンザニアの仲間が合流した。
みんな初対面で初めましての挨拶をする。
ちょっと遅れてきた仲間にも初めましてと挨拶をするが、
訓練所で同期やったゴーくんやった!?
わからんった・・・ごめんなさいね。まさか会えると思ってなかったし。
違う国の同期に会うのは初めて。いいモノだ、なつかしいな!
食事はカレーやらチキンやら、みんなうまい!Img_0084
ビールも調子に乗って飲んで、いつもの調子で途中寝てしまう。
満足。

ホテルに戻るとタッさんは死んだように寝る。

あっという間のキリマンジャロ登山6日間、
セレブな至れり尽くせりな登山やったな。

ホントに登れてよかった。

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2010年1月 1日 (金)

2010年 明けましてだいぶん経ちましたが

みなさん 
明けましておめでとうございます。

記事の日付は1月1日やけれども、
この記事を書いている今は~早いものでもう2月に入ってしまいました。あらら~。

2010年の新年の抱負は「登る」です。
新年早々アフリカで一番高いとこに登ってしまいました。
これからはボチボチとやってこうと思います。

みなさんにとってよい年でありますように。
今年もよろしくお願いします。
11_2

ミズキタケシ

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キリマンジャロ 5日目

22:30に目が覚める。
同室の日本人の家族は先に食事をとって、23:00頃に出発していった。
23:30に自分たちが朝食?夜食か。
ビスケット。もらったみそ汁も飲んで、甘甘のチャイと、ミロを飲む。

1112 

さのちゃんはちょっと元気になったかな。よかった。
寝れんかった言う人もいるけど、他のみんなもとりあえずは大丈夫そう。

小屋の中はさほど寒くならなかったけど、これから日が昇るまではどんどん寒くなってくる。
さのちゃんがユニクロのヒートテックシャツ、シバちゃんがヤッケと首に巻く用の布、タッさんからオサムさんのTシャツを貸りて、寒さ対策で着れるものは全部着こんだ。
着こんだもの上半身は、下からヒートテック、化繊のロングTシャツ、Tシャツ、ヤッケ、Tシャツ、フリース、ダウンジャケット。
下半身はパンツ、化繊のスパッツ、短パン、外側がナイロンのフリースパンツ、ゴアテックスパンツ。
靴下は綿×1、ウール×2。レンタルの靴はサイズがデカイのしかなかったから靴下3枚はいても大丈夫やった。
さて、実際にどれだけ寒くなるんやろか?

小屋の外はあちこちで「Happy New Year!」って聞こえたり、歌を唄ったりして盛り上がっている。
スワヒリ語で明けましておめでとうにあたる「Muaka Mukia」を覚えてガイド・ポーターさんたちと挨拶を交わした。

0:20 Kibo Hats出発。頂上アタックにはメインガイドのフレディ、サブガイドのキバチャ、ティノ、サミットアタックガイドのフェスト、あと2人くらいおったかな?が歌を唄いまくりで登り始める。一緒にワーってやりたかったけど、高山病になるかもという不安があったから静かに呼吸をしっかり整えながら登った。他のグループはここまで盛りあがっとるとこはなかったな。

先頭のフェストの後ろをついていく。
この日は満月で、月明かりにマウェンジがきれいに浮かび上がっていた。
道は砂利道で今までのなだらかな登山道とは違い斜度があってジグザグにひたすら登っていく。
疲れて休んでしまうと体が動かなくなって登るのが余計に大変になるから
なるだけ休憩しないようにゆっくりゆっくり(pole pole)登っていく。

途中、登山客とガイドさんが下りてくるのと何度かすれ違う。高山病にかかって引き返す人やろうか。
休憩していた白人女性がフラーっと倒れるのを見たりもした。

3:07(5175m)休憩。さのちゃん、シバちゃんが遅れてきた。しんどそう。
その休憩の後からは2グループに自然に分かれて登った。

4:52(5460m)頭が痛いとかじゃなかったけど、完全にヘロヘロになって動きたくなくなり自分から休みたいと言う。
その辺りは砂利道から石がゴツゴツした感じに変わっていたと思う。

フェストが「もう少しや、あの見えるとこがGillman's Pointやから」と言う。
そか、もう少しか~。 ヘロヘロ具合は落ち着いたけどなかなかたどりつけない。
この坂を登り終えたところがキリマンジャロの火口付近のGillman's Point(5685m)。

5:50 Gillman's Point到着!
ようやく辿り着いた~! まさか、こんな高いトコに自分が立つというのが信じられなくて
涙線がゆるくなって涙が出そうになった。
この際思いっきり泣いてやろ~と思ったら、タッさんが「やったよぉ・・・」って涙を流していたので
それを見たらこっちは涙がへっ込んでいった。
フーミンが少し遅れて登ってきて、タッさん、ぺぺ、と4人で喜び合った。
さのちゃん、シバちゃんの姿はまだゆっくり登ってきているのか見えない。

Gillman's Pointからは離れてはいるけど氷河が自分の目線の高さに見え感動!
日の出が近いからかマウェンジの後ろが少し赤くなってきた。
他のグループもいて賑やかな中に、
自分たちの先に行った日本人の家族全員登っていたから、おめでとうございますと声をかけた。

まだ暗いけど、ここの看板をバックにして写真を撮ろうとしたら
フェストが「写真はまた戻ってきた時や。時間がないからすぐ行くぞ。向うに見えるのが頂上や」と。
あと標高差200m。向うに見えるけど遠いな・・・
せかされるまま動き出すが、ホッとして完全に力が抜けてしまってか、軽い高山病でか足がフラフラになっている。
火口のまわりをグルーッと歩いていく。
道幅は狭く雪に覆われていて、その道のすぐ横は火口の谷。
ボーっとしてフラフラで歩いておるから、滑って谷に落ちるんじゃないかとすごく怖かった。

しばらくマウェンジが見えない火口側の岩の陰を歩いていた。
マウェンジが見えるとこに出たらちょうど日の出の直前。13

6:20 2010年元旦の初日の出を拝む! なんか変な感じ。
ぺぺと自分はしっかり拝んだけど、タッさんとフーミンはヘロヘロでそんな余裕がなかったみたい。

で、フェストとキバチャに時間がないからとせかされ頂上を目指す。
氷河が朝日で赤く染まり~何とも言えない景色やったけど、
14 しっかりと見る余裕もなくヘロヘロになりながらしょうがなく歩いた。
フーミンは完全にグループから離れてしまった。

7:45 途中休んではもう動きたくないと思いながら~
ようやく頂上のUhuru Peakウーフルピーク(5896m)に着いた。
タッさん、ぺぺとフェストで喜び合う。しばらくしてキバチャに付き添われたフラフラのフーミンが見えた。
フーミンを迎えに行って更にみんなで喜び合う。
16

ぺぺは元気に喋る喋る、スゲー! 男性陣はカラ元気。
寒さは話に聞いていたほどじゃなかったから、ほんとよかった。
アフリカ大陸の一番高いトコ!!!信じられんな~。15

まわりにはドッカーンと氷河が見える。
デカイけど、今は80%の氷河が溶けて消えてしまったらしい。
それでも見ごたえ十分! 相当デカイ!17
今思うと触ってこればよかったと思うけど、そんな元気はなかった。
頂上で30分くらい過ごして下山。

Gillman's Pointまで行く間が登りの時にくらべるとめちゃくちゃ怖かった。
フラフラの上に眠気まで襲ってきた。ちょっと腰を下ろすと寝てしまう。
フーミンはキバチャに付き添われてなんとか歩いてくる。
が、ヘロヘロになった自分のことで精一杯で他のことが考えれんかった。

9:10 Gillman's Point着。18
これでもう火口に落ちることはないとホッとする。
ホッとするが岩の下りも怖かった。

次第に岩場から砂利場に変わる。
登りはジグザグに登って来たけど、下りはまっすぐ下りていく。
フェストがまっすぐ走って下る。富士山のなんとか下りみたいやな。
フェストにならって走って下る。一気に距離を稼げるけど一気にヘロヘロ。
休んでは走ってをしばらく繰り返す。

10:50 Kibo Hat着。
さのちゃん、シバちゃんは途中で断念して先に小屋へ戻って休んでいた。

ここれからの予定は荷物をまとめて今晩泊まるHorombo Hatsまで下山しなきゃならない。
今はもう体を動かしたくない。荷物をまとめないままベットに横になる。

しばらくするとフーミンが抜けガラ状態で部屋に担ぎこまれた。
自分ひとりで歩けない状態になっていて、キバチャや他のポーターさんたちに支えられて下りてきた。
頭が痛いらしく高山病になっていた。
シバちゃんは調子が良くなったみたいやけど、さのちゃんはまだ具合が悪そうやった。
昼食にパンとスープが出たけど、自分はほとんど食欲がなくスープを少し飲んだくらいやった。

さのちゃん、シバちゃんは早めに下山。
部屋で休んでいるとフレディがやってきて具合が悪そうなフーミンに
「ストレッチャーが空いたから、それにフーミンをHoromboまで乗せていくぞ」と。
ストレッチャーいうのはサスペンション付きの一輪車担架のことで
具合が悪くて歩けない人をそれに乗せて、4人で一気に走って下って搬送するもの。
登りの時に一回すれ違ったけど、その下りの様がすさまじい!
サスペンション(バイク用?)がついておって、「今、段差でかなり跳んだけど、寝とる人大丈夫やろか・・・」デコボコ下り坂なんか全く気にしない様子で駆け下りていく。

タッさん、ぺぺ、自分はフーミンのそんな姿を見る元気もなく部屋で休んでいた。

出発があんまり遅くなると雨になったりするからと
13:00小屋を渋々出発。

15:00 Hrombo Hats着。やった・・・ 寝る。

18:00 夕食(ベジタブルスープ、ライス、ベジタブルソース、インゲン豆の炒めモノ、ツナマヨ、クレープ)
やっぱり食欲があんまりなく、頑張って食べるがちょっと残ってしまう。
フーミンは相変わらず頭が痛いって。さのちゃんは調子がちょっと戻ってきたかな。

登頂はできたけど、疲れ過ぎていろいろ振り返って考えることができない一日やった。

夕食後、さっさと寝る。

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